2012年12月3日月曜日

摂食障害 eating disorder


概略

 器質的疾患あるいは特定の精神疾患に起因せず、精神的な原因によって食行動の異常をきたす病態の総称と定義される。摂食障害は大きく分けて神経性無食欲症と、神経性大食症がある。いずれも身体像の歪みや何かしらのストレス体験をきっかけとして発症するとされる。

神経性無食欲症は、実際には太っていないにも関わらず太っていると思い込む。その結果、自分が理想とする痩せ体型を求めて過度の食事制限をしたり下剤の利用や嘔吐などの排出行動をしたりすることで、生理学的身体医学的な問題を生じさせ、最悪の場合死に至ることもある。主に思春期・青年期の女性に見られる症状であるが、近年では思春期・青年期の男性や前思春期の女性にも見られるようになってきている。

一方、神経性大食症は、週2回以上、通常の範囲を超えるような大食行動を発作的に示し、その行動を制御することが出来ない。体重増加を防ぐために不適切な代償行動として、摂食行動の後に下剤の利用や嘔吐などの排出行動を行ったり、排出行動を伴わず過剰な運動や絶食を行ったりする場合がある。これも主に思春期・青年期の女性に見られる症状であったが、近年では中年期の女性にも多くみられるようになってきている。

 
 

.摂食障害 (Eating Disorders)

 定義

    定器質的疾患あるいは特定の精神疾患に起因せず、精神的な原因によって食行動の異常をきたす病態の総称。

不食による極端な痩せを主徴とする神経性無食欲症(Anorexia Nervosa)と、むちゃ食いを主徴とする神経性大食症(Bulimia Nervosa)とに大別される。

2次世界大戦前にはきわめて稀であったが、現在では欧米およびわが国でごくふつうにみられ、内科、小児科、精神科でそれぞれ対応に苦慮している病気である。以上の2型に分けられるが、両者の混合ないし前者から後者への移行も少なくない。さらに、裕福な先進国に多く見られ、痩せることを礼賛するなどの社会的・文化的な作用が大きく影響していると考えられている。

 

(1) 神経性無食欲症 (Anorexia Nervosa : AN)

別称:拒食症・思春期やせ症

ロンドンの内科医ガル(Gull,W.)1873年に初めて本症をAnorexia Nervosaと命名した。

大部分は中学生以降20代前半の女性におきるが、ときには男性にもみられる。

Anorexia=食欲がない」という単語はこの疾患の病態をかならずしも正確に反映していない。それは本症者は食欲がありながら、体重や体型への強いこだわりのために極端に節食しているからである。

 

特徴

①客観的には特に太っていないのに、ふつうは耐えられないような厳しいダイエットを急激かつ断固としておこなって、その深刻な結果を考えない。

②体重が減ると、本人はしばしば昂揚した気分になり、体の動きも活発で、勉強も能率が上がる。痩せて醜いにもかかわらず、さらに痩せることを望み、少しでも体重が増すことに強い恐怖を示す。

③医療を受けることを強く拒否する。

 

診断基準(厚生省特定疾患・神経性食思不振症調査研究班による)

①標準体重の-20%以上の痩せ
②食行動の異常(不食、過食、隠れ食いなど)
③体重や体型についての歪んだ認識(体重増加に対する極端な恐怖など)
④発症年齢:30歳以下
(女性ならば)無月経
⑥痩せの原因と考えられる器質的疾患がない。

(備考)1.2.3.5.は既往歴を含む。6項目すべてを満たさないものは疑心例

 

診断基準(DSM--TRによる)

①年齢と身長に対する正常体重の最低限、またはそれ以上を維持することの拒否(例:期待される体重の85%以下の体重が続くような体重減少、または成長期間中に期待される体重増加がなく、期待される体重の85%以下になる)

②体重が不足している場合でも、体重が増えること、または肥満することに対する強い恐怖

③自分の体重または体型の感じ方の障害、自己評価に対する体重や体型の過剰な影響、または現在の低体重の重大さの否認

④初潮後女性の場合は、無月経、すなわち月経周期が連続して少なくとも3回欠如する(エストロゲンなどのホルモン投与後にのみ月経が起きている場合、その女性は無月経とみなされる)

また、Body Mass Index : BMI(体重kg/(身長m)2)17.5%以下になるとICD-10の診断基準から本障害とみなされる。

診断に際して近年DSM--TRに準拠する傾向にあるが、食思不振症に関しては厚生省研究班の診断基準を採用することも多い。

 

病型の特定

制限型(anorexia nervosa restricting type : AN-R)

現在の神経性無食欲症のエピソード期間中、その人は規則的にむちゃ食いや排出行動を行ったことがない。

むちゃ食い/排出型(anorexia nervosa binge-eating/purging type : AN-BR)

現在の神経性無食欲症のエピソード期間中、その人は規則的にむちゃ食い行動を行ったことがある。

 

 

(2)神経性大食症 (Bulimia Nervosa : BN)

別称:過食症

 

特徴

①信じがたいほど大量の食物を、いつもとは全く違う速いスピードで詰め込み嘔吐するbinge eating(むちゃ食い、暴食発作)を繰り返す。

②この暴食発作は、神経性無食欲症経過中に突然起きることが最も多い。
 
③過()食症の患者は、無食欲症くらべて比較的抵抗なく病院に訪れる。

 

診断基準(DSM--TRによる)

 ①むちゃ食いのエピソードの繰り返し。むちゃ食いのエピソードは以下の2つによって特徴づけられる。
 
 ⅰ.他とはっきり区別される時間帯に、ほとんどの人が同じような時間に同じような環境で食べる量よりも明らかに多い食物を食べること
 ⅱ.そのエピソード期間では、食べることを制御できないという感覚

 ②体重増加を防ぐために不適切な代償行動を繰り返す。
 
 ③むちゃ食いおよび不適切な代償行動はともに、平均して、少なくとも3カ月間に渡って週2回起こっている。

 ④自己評価は、体型および体重の影響を過剰に受けている。

 ⑤障害は、神経性無食欲症のエピソード期間中にのみ起こるものではない。

 

病型の特定

排出型(bulimia nervosa purging type : BN-P)

現在の神経性大食症のエピソード期間中、その人は定期的に自己誘発性嘔吐をする、または下剤、利尿剤、または浣腸の誤った使用をする。

非排出型(bulimia nervosa non purging type : BN-NP)

現在の神経性大食症のエピソード期間中、その人は、絶食または過剰な運動などの他の不適切な代償行動を行ったことがあるが、定期的に自己誘発性嘔吐、または下剤、利尿剤、または浣腸の誤った使用はしたことがない。

 

 

(3)特定不能の摂食障害 Eating Disorder Not Otherwise Specified

 特定不能の摂食障害のカテゴリーは、どの特定の摂食障害の基準も満たさない摂食障害のためのものである。

 

.疫病

 発症年齢は10代後半から20代前半にかけてピークがあるが、近年低年齢および高年齢の両方向に拡大する傾向にある。男女比は1:20と圧倒的に女性が多い。予後は調査によりばらつきはあるが、全体のおよそ3分の1が治癒し、3分の1が軽快している。しかし1ないし2割は不変のまま遷延し、全体の5%前後が死に至っている。死因としては低栄養による衰弱死および自殺が多い。一般に若年発症の方が治癒率が高い。一方、罹病期間が10年を超える症例、過食・嘔吐や下剤乱用が常習化している症例、盗癖、性的逸脱行為あるいは自己破壊的行動化を伴う症例には、難治例が多い。

 

.病因と病状

 病因に関しては、身体的要因、人格的要因、家族的要因、外的要因の立場から解明が試みられている。

 ①身体的要因

  近年、摂食・情動行動の中枢レベルでの調節機構が解明されつつある。そしてその機構が、脳の発達する人生早期の母子関係の質に左右されることも明らかになっている。本症者の場合、この摂食調節機構の機能異常が指摘されている。

②人格的要因

 本症の病前性格としては、概して従順で周囲の期待を裏切らない優等生的な傾向が認められるが、それは偽りの成熟といえる。本症者は人生早期に養育者(おもに母親)との間で、心理生物学的欲求に対する適切な応答を十分に体験していない。そのため、自我機能、自己感、自己統合・調節能力が未成熟で、また欲求不満に陥れ脅かす悪い対象関係が有意に内在化されている。以上のような人格の未熟さが本症の基盤にある。

③家族的要因

 患者を含むシステムとしての家族の機能不全が指摘されている。過保護で支配的な母親像と、家庭のことには無関心で影の薄い父親像は、比較的共通する像として指摘されている。また、本症者の家庭の特徴として、家族員間の境界が不明瞭で、極端に近く絡み合っていること、家族外に対して過度に防衛的なため、子どもの社会的自立性や活動性が育ちにくいこと、家族内での意見の相違を否認して葛藤を回避し、表面上の平静を保とうとすることが挙げられている。

④外的要因

 依存対象との分離や喪失体験、あるいは自己愛的な挫折体験がしばしば引き金になる。一方、客観的にはそれほど衝撃的な体験には思えないことでも、すでに述べたような本症者特有の分離・喪失への脆弱さゆえに、内的には重大な対象喪失として体験され、発症につながることもある。さらに思春期発達そのものが、依存対象との分離・喪失として体験され、この時期の好発を招いているとも考えられる。


.病状

病状に関しては、身体的病状と行動・情緒面の病状が挙げられる。身体的病状では多くの場合、極端な痩せあるいは肥満を認める。また、拒食症では痩せに伴い、無月経、低血圧、低体温、脱毛、うぶ毛、便秘、貧血、低血糖、痙攣、不整脈(徐脈)なども認められる。一方、過食にはむくみが、また繰り返される嘔吐には()(虫歯)や低カリウム血症の随伴、耳下腺の腫脹(はれ)、指の胼胝(べんち)(吐きだこ)が多い。

行動・情緒面の病状では、拒食症ではやせ願望、肥満恐怖、ボディイメージの障害、活動性の亢進(痩せているにも関わらず絶えず動き回る)、食事に関するものや情報を収集する、主に食品の万引き、また食行動上では、濃い味を好む、不食、偏食、過食、嘔吐の他に、隠れ食いや盗み食い、あるいは強迫的調理と、それを食べることを家族、特に母親に強要することも少なくない。また、抑うつは否認され全能感さえ漂わせる。

過食症では、自己誘発性嘔吐、やせ薬・下剤・利尿剤乱用、不食、運動などの代償行動、万引き、アルコール乱用、性的乱脈などがみられる。精神症状としては、自己不全感が募り、抑うつ感が一気に顕在化しやすく、手首自傷や大量服薬による自殺企図がみられる。

患者は体力低下におよそ見合わぬ活発さで動きまわり、情緒的には概して不安定で、自己主張に固執し強迫的で、周囲から孤立し情緒的に引きこもりがちである。家族、特に母親とは非常にアンビバレントな関係を呈し、攻撃と支配の対象としながら密着し、過度に依存的にもなる。

 

.治療

 診断作業と並行して行われるべきことは治療への動機づけである。それは、本症の難治性の最大の理由の一つが、病式の乏しさにあるからである。治療に際し、適宜投薬も行うが、わが国ではまだ食欲調節薬は発売されておらず、精神症状に応じて対症的に抗不安薬や抗うつ薬が使われるが、著効は期待できない。欧米では、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)であるフルオキセチンの効果は認められているが、日本での使用は認められていない。現在日本では、フルボキサミン(商品名:デプロメール、ルボックス)、セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)、パロキセチン(商品名:パキシル)などのSSRIが使われているが、過食症の治療薬としては認められていない。治療では、患者の個別的な心配や苦悩に焦点を当てて治療的絆を結んでいくとともに、適宜身体状況を把握しながら、根気よく支え続ける必要がある。

 また、重要な作業である治療のマネジメントの1つに、入院利用の判断が挙げられる。本症の治療は、長期的視点に立てば外来診療が基本であるが、次のような局面で入院が考慮される。

 ①著名な痩せ(標準体重の60%が一つの目安)などの身体的危機が切迫しているとき
 ②自己破壊性が切迫しているとき
 ③家族の混乱が著しく、療養環境として不適切なとき
 ④治療動機に乏しく、外来では治療関係を形成できないとき
 ⑤インテンシブ(集中的)な治療を提供できる入院設定があるとき

                              など

 入院治療での拒食症の栄養回復手段としては、中心静脈高カロリー輸液(Intravenous Hyperalimentation : IVH)、経鼻腔栄養、低カロリーからの病院治療食(または経口栄養剤)摂取などがある。

もう一つは、状況を見極めながら専門的治療法への動機づけを行い、導入することである。また、専門的治療では、病態をどの観点からとらえ、また何を治療目的とするかにより、行動療法、認知療法、精神分析的心理療法、家族療法の立場の異なる治療法が選択されうる。

①行動療法

準備因子として人格の問題が存在するところに、思春期の体型の変化や心理社会的ストレスなどの誘発因子が作用し、食行動異常という回避行動が生じる。不適応行動は、それにより葛藤状況が回避できたり、周囲の関心を集めるといったオペラント強化因子が作用したりすることで持続、発展する。行動療法では、状況を強化するオペラント因子を除去し、正常な食行動を強化する因子を加える技法が用いられる。体重や食行動の比較的速やかな回復が得られる利点はあるが、準備因子としての人格の抱える問題にアプローチするものではない。

 

②認知療法

本症者の認知、すなわち物事の解釈のしかたの歪みを修正することに焦点が当てられる。本症者の場合、ある状況に置かれると瞬間的、自動的に定型的な考え(自動思考)が浮かび、それによって判断や行動が支配されてしまう。また、自動思考の背後、心のより深層には、発達過程で形成されたスキーマと呼ばれるその人個人特有の心的態度があり、思考、行動を特徴づけていると考えられる。食行動異常を維持させている認知の歪み(例えば、ほんの少しでも食べてしまったら、とてつもなく体重が増えてしまう、というような認知)を本人とともに検証し、より適応的な認知へと修正する。治療において、認知の修正が図られるが、知的理解を超えたスキーマの修正はかならずしも容易ではない。

 

③精神分析的心理療法

 精神分析的な立場からは、本症者が意識的理解を超えた無意識的な、しかも多くの場合、人格の問題を抱えているととらえる。治療では、その内的世界、対象関係が治療者との間に再現された転移の吟味を通して、患者が自己理解を深め内的な成長を手に入れることを目指す。その意味でより本質的な治療といえるが、相当な時間と期間を要するため、実際上は治療動機、言語化や内省する力など、治療を有効に活用する能力(分析可能性)を事前に評価する必要がある。

 

④家族療法

理論的、技法的にさまざまな学派があるが、概して、患者を家族システムの抱える問題の担い手(Identified patient)ととらえるので、家族システムの問題を同定し、積極的な介入によって機能的に変化させることを目指す。ただし最近は、患者の病理性が軽視されすぎたことへの反省もあり、患者個人への他のアプローチと併用されることが多い。

また、家族への支援として、摂食障害の子どもに親としてどのように対応したらよいかを考えていく親ガイダンスや、摂食障害を維持している家族間の相互作用を変えていく家族療法も重要。

 

その他、集団療法も効果的で、摂食障害について学習していく心理教育グループや対人関係に関するスキルを学ぶグループなどがある。

 

 

.経過

拒食症

①制限型の場合

 十分な体重回復がみられないうちに過食症状が出現してきた場合、自己誘発性嘔吐や下剤乱用などの排出行動をとるようになると過食・排出型に移行する。

また、体重が順調に回復してくると、一時的に過食がみられる時期があるが、必要体重レベルで収まる。しかし、過食が出現したときに体重増加を防ぐ行動をとり続けると過食症に移行する。

 ②むちゃ食い/排出型の場合

  制限型に比べ、回復に時間がかかる。ある時期から簡単に嘔吐することができなくな

 り、徐々に症状が軽快し、体重が回復していく。

  過食症

 嗜好的要素があるため、簡単には止めることはできないが、状況により軽減したり増悪したりする。また、あることをきっかけに急に過食衝動が出なくなることもあるが、持続的なものではなく、ある時にまた出現してしばらく続く。

また、団体行動や寄宿舎生活や短期間の入院などが回復のきっかけとなることもある。

 

.予後

拒食症に関する予後調査では、治療を受けて10年後に体重と月経が正常化している予後良好群が20~40%、低体重で無月経が持続している予後不良群が15~35%、他は部分的に改善している中等度改善群。拒食症の死亡率は5~20%

 

.間違いやすい疾患

拒食症と間違われやすい身体疾患として、下垂体機能低下症、脳腫瘍、低血糖などが挙げられる。また、拒食、体重減少をきたす精神疾患として神経症、うつ病、統合失調症があるが、症状より拒食症との鑑別が可能。

 

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