2013年3月1日金曜日

応用行動分析 applied behavior analysis




概略

スキナー(Skinner,B.F.)による実験的行動分析で見出された変数を用いて、人間の問題行動の分析と修正を行う技法。
行動修正学と同義でも使われており、しばしば行動療法におけるオペラント条件付け療法の適用に関して用いられることがある。
主に三項強化随伴性のモデルにしたがって行動の連鎖を分析し、刺激と強化子を操作することによって行動の変容を目指す。



実験的行動分析

スキナーの提唱する徹底的行動主義に基づいて、行動分析が行われてきた。
科学としての行動分析は、有機体の行動の予測と制御を目標としており、観察可能な有機体の行動(従属変数)と外界の出来事(独立変数)の関係を明らかにしようとしている。
ラットやハトを被験体として動物実験の分野から始められた。



オペラント訓練

報酬訓練 reward training
一般に好ましい行動に対して正の強化を与える
 ex: トークン・エコノミー法

・離散施行型 discrete trial
 反応することが可能である施行(trial)と、反応することが不可能である施行間間隔(inter-trial interval ; ITI)が明確に分離されている
 ex:直線走路、問題箱、迷路、ラシュレー跳躍台、
   試行の明確化された強化スケジュールを用いた訓練など

・自由反応型 free operant
 試行が明確化されていない強化スケジュールを用いたオペラント条件付けの大部分が相当する。
 ex:スキナー箱を用いた訓練など、訓練の単位となる明確な思考というものは存在せず、つねに反応することが可能とされていることが多い


 
 
除去訓練 omission training
省略訓練とも訳され、好ましくない行動に対して正の強化を除去する
つまり、訓練期間中は、特定の望ましくない行動の生起がなければ報酬が与えられ、生起した際にはいっさい与えないようにする手続により、その生起を低め、最終的には消失させることを目的とする。
消去手続きとの相違点は、ターゲットとなる行動が生起しないことに対して報酬が与えられる点である。
代わりとなる適切な行動の生起頻度が高まるための訓練と併用することで行動変容の効果が高まる。
 
 
 
  ex: タイム・アウト法


逃避訓練  escape learning

オペラント条件付けの一種で、経験により、嫌悪刺激が呈示されてから逃避反応がなされるまでの反応潜時が短縮されていく学習過程のこと。
回避学習手続きと組み合わされて逃避・回避学習として検討されることが多いが、必ず嫌悪刺激呈示が伴う単独の逃避学習自体も用いられる。
逃避反応の潜時は一般に少数試行で急激に短縮するとされているが、種に特異的な防衛反応と大きく異なる反応が要求される場合には、この限りではない。


回避学習 avoidance learning

オペラント条件付けの一種で、経験により回避反応を形成させていくこと。
魚、鳥、哺乳類などで回避学習の研究が行われているが、求める回避反応が種に特異的な防衛反応と大きく異なる場合には学習が難しくなるとされている。
回避学習はいったん形成されると電撃を受けないまま長期にわたって反応が維持されるので理論的興味を呼び、二要因説(two-factor theory)などの理論が提出された。
実験例:ハードルで仕切られた二つの部屋の片方にラットを入れ、床から電撃を与えると、
     さまざまな反応の後にラットはもう一方の部屋に逃避する。
     電撃呈示前に警告信号として光刺激を呈示する手続きを繰り返すと、
     警告信号が呈示されると電撃呈示前に移動する(逃避する)ようになる。

トークン・エコノミー token economy



概略

行動療法の中のオペラント条件付け療法の一種。
望ましい行動をした患者に対し、正の強化子である代用貨幣のトークン(token)を与えることでその行動の強化増大を図る。
トークンが一定量に達すると、患者は特定の物品と交換できたり特定の活動を許されたりする。
このように、トークン・エコノミーは二次的強化の機能を果たす。
治療場面では一般にシェイピングの併用が効果的とされている。



参考

レスポンス・コスト法 response cost
 ある行動を行った際に、本来なら与えられるべき性の強化子を与えられない事態に遭遇すると、その行動をとる頻度が低下する、という原理を用いたオペラント条件付け療法の一種。
トークン・エコノミー法で条件性強化子となったトークンを取り上げることで嫌悪的な事態を与える。
有効に強化子を操作するための工夫である。

2013年2月28日木曜日

トップダウン処理 / ボトムアップ処理 top-down processing / bottom-up processing



概略


認知心理学における情報処理アプローチで、ノーマンら(Norman,D.A. & Bobrow,D.G.)によって提唱された人間の能動的な情報処理の対極的ともいえる2種類の仕組み。

トップダウン処理とは、概念駆動処理(conceptually driven processing)ともよばれ、既有の記憶に依存することが大きく、高次の水準にある概念や理論などから駆動され、入力データを予想や仮説、期待などのもとに処理していく。
仮説演繹的に文脈による期待や知覚の構えから全体を想定して、部分的な構成要素を推測していくもの。
これに対してボトムアップ処理とは、データ駆動処理(date driven processing)ともよばれ、感覚入力データ群によって駆動され、それを扱い処理するスキーマを見出し、それらのデータはより上位の概念や枠組みに取り込まれていく。
分析―帰納的に感覚レベルでの部分的情報処理から全体像を推測していくもの。
すなわち、両方の仕組みでは、人間の知識や記憶の構造体であるスキーマ群と感覚情報からのデータ群とが、相互にやり取りする空間的な場が存在することが想定されており、ここで相互の間で、比較、照合、検証などがなされ、重層的に情報処理されることが前提となっている。


 
 

2013年2月27日水曜日

ゲシュタルト / ゲシュタルト心理学 Gestalt / gestalt psychology



概略

ゲシュタルトとは、形態や姿を意味する言葉であるが、ゲシュタルト心理学においては、要素に還元できない、まとまりのある一つの全体がもつ構造特性を意味する。
知覚の全体性や場の理論を重視する立場である。
ウェルトハイマーを創始者としてドイツで誕生し、ヴントに代表される要素主義の考え方を否定した。
ウェルトハイマーは仮現運動の実験を通してゲシュタルトの考えを実証し、視野の中で対象が分離し、それらがまとまって群を作る体制化の過程、および分離や群化が簡潔・単純な方向に向かって起こるというプレグナンツの傾向が秩序ある知覚世界を成立せしめていることを図形例を用いて説いた。
ゲシュタルトの概念は知覚のみならず、記憶、思考、要求と行動、集団特性等、広く心的過程一般に適用された。




定義

要素に還元できない、一つの全体が持つ構造特性であるゲシュタルトの概念を媒介とした、物心一元論的現象学的心理学



代表人物

ウェルトハイマー Wertheimer,M.

ゲシュタルト心理学の創始者。
仮現運動の実験結果から、ゲシュタルトの考えを実証した。
さらに、視野の中で図と地が分化し、さらに図がまとまって群をつくる体制化の過程、およびそれらが簡潔・単純な方向に向かって起こるというプレグナンツの傾向が、秩序ある知覚世界を成立させていることを図形例を用いて説いた。


ケーラー Köhler,W.

ゲシュタルト心理学の中心人物の一人。
物理学の場理論に精通しており、ゲシュタルト性が心的現象ばかりでなく物理的世界にも存在し、
広い意味での物理法則が支配する中枢神経系と現象世界の間には対応関係が成立するはずであるとする心理物理同型説を展開し(1920)、後年、図形残効などの研究によってそれを支持する証拠を追及した。


コフカ Koffka,K.

ゲシュタルト心理学の中心人物の一人。
知覚―ゲシュタルト心理学序論』(1922) …ゲシュタルト理論を初めて紹介した論文
ゲシュタルト心理学の原理』(1935)…理論の体系化を目指した大著
 ⇒心理学を行動の科学とすること、心理物理同型説の立場をとるとはいえ、
   生理的対応過程の追求よりも現象ないし行動の世界の分析を重視するとした。
   その際、行動を刺激への反応の集合としてではなく、部分の変化が他のすべての部分に
   影響を与えるような力学的系としての場に依存して生じると考える。


レヴィン Lewin,K

物理的な環境とはなかば独立した心理学的な存在である生活空間の概念を用いて行動を理解しようとし、トポロジー心理学と呼ばれる力学的な理論を提起した。
場理論グループ・ダイナミックスの研究などが代表。


key words

ゲシュタルト gestalt

ドイツ語を語源とし、形態と訳される。
体制化された構造(organized structure)、要素に還元できない、一つの全体が持つ構造特性であり、集合体(aggregate)やたんなる総和(summation)とは区別されるものをいう。
体制化の結果を記述するのに用いられるだけでなく、過程そのものの構造的な特性をも示している。


プレグナンツの傾向 Prägnanztendenz

一般的にはプレグナンツの法則または原理と呼ばれる。
ウェルトハイマーが指摘した、体制化が簡潔・単純な方向に向かって起こる傾向をいう。
視野は全体として最も簡潔な、最も秩序あるまとまりをなそうとする傾向がある。
しかし簡潔でよい形(gute Gestalt)のまとまりとは必ずしも規則的や相称的を意味するものではなく、「知覚の体制化における単純で統一的な結果を実現させる傾向」を意味する。


仮現運動 apparent movement

物理的運動が存在しないにもかかわらず知覚される見かけの運動。
狭義には対象A、Bを適切な時間間隔をおいて、異なる地点に交互に呈示するとき知覚される対象の運動。
映画や踏切の警報器などで観察される。


要素主義 elementalism

心の世界を究極の構成要素に分解してその結合の法則を明らかにしようとする立場。
人間の心理現象は要素の総和によるものであり、視覚・聴覚などの刺激には、個々にその感覚や認識などが対応しているという考え。
ゲシュタルト心理学以前のすべての実験心理学がなんらかの意味で要素主義を暗黙の前提にしている。
意識心理学以外でも、パヴロフの条件反射学や行動主義の刺激反応学説(S-R説)など近代心理学の多くがこの立場である。



2013年2月20日水曜日

催眠 hypnosis



概略


言語暗示によって人為的に引き起こされた意識の変容状態のことで、18世紀後半にメスメル(Mesmer,F.A.)動物磁気という名前で心理療法として初めて催眠を使用した。
催眠には催眠状態と呼ばれる意識状態と催眠暗示現象の2つの大きな側面がある。
催眠の意識状態は催眠性トランスとも呼ばれ、変性意識状態の一つである。
催眠暗示現象には代表的なものとして、運動性の暗示現象、知覚性の暗示現象、人格性の暗示現象などがあり、これらの暗示現象が引き起こされている状態を催眠性トランス状態という。
催眠性トランス状態を演技的に行うことは可能だが、暗示現象は演技と異なり、その人自身には自分が行っている感覚がない。
催眠状態の特徴として、イメージが活性化されること、心身のリラックス状態が得られること、注意集中が受動的でかつ狭くなることなどがあげられる。
催眠に誘導するためには暗示が重要であり、催眠療法では通常、催眠誘導のために決まった一連の暗示系列がある。



定義

言語暗示によって人為的に引き起こされた意識の変容状態



人物
F.A.メスメル Mesmer,F.A.

ウィーン生まれの医師で、18世紀後半に動物磁気という心理療法で催眠を初めて使用した人物。
動物磁気療法はメスメリズムとも呼ばれる。

J.ブレイド Braid,J

イギリスの医師。
眠りを意味するギリシャ語hypnosから催眠hyponosis』と名付けた。
言語によって催眠現象を引き起こす言語暗示法を創始し、これは今日の催眠療法の基本形である。




key words

動物磁気 animal magnetism

ウィーンの医師メスメル(Mesmer,F.A.)は1766年に発表した「人体におよぼす遊星の影響について」と題する論文の中で、遊星の影響と物理学における時期の概念に着目し、人体の中に磁気の両極を仮定し、磁気分布が適当でないときに病気が生じると考えた。
一定の状況下でカタレプシーを生じさせるものであったと言われ、彼の理論はメスメリズムとよばれ、催眠研究の端緒であると考えることもできる。


トランス trance  
何らかの方法で普段の意識状態と著しく異なる状態が覚醒中に生じるとき、その意識状態をトランスという。
目の前で起きた出来事についての意識の狭窄や個人的同一性の感覚の一時的喪失、運動活動や発話の減退がみられ、被暗示性も強まっている状態。
極端に興奮を高めることによって生じるものと、極端に興奮を鎮めることにより生じるものがある。
前者は原始宗教やシャーマンなどにみられる憑依状態や脱魂状態であり、
後者は瞑想状態などが例としてあげられる。
トランスは薬や催眠によっても生じる。


催眠性トランス hypnotic trance
催眠の意識状態で、理性的思考が減少し、象徴的思考やイメージ思考などが顕著になる。
さらに現実的関心が減少し、自己感覚に浸り、その感覚を世界空間にまで広げていくような特徴を持っている。


暗示 suggestion

対人的な影響過程の一種で、認知・感情・行動面での変化を無批判に受け入れるようになる現象、またはそのような現象を引き起こすための刺激、その際の心理過程をいう。
言語によって与えられることが多いが、ジェスチャーによるなど非言語的なものもある。
催眠状態に誘導してさまざまな現象を引き起こすには必須のものであるが、催眠そのものではない。
通常の覚醒状態で与えられる覚醒暗示と、催眠状態での催眠暗示などが区別される。



催眠暗示現象 例

・運動性の暗示現象
  四肢が動く / 動かない、固まる  など

・知覚性の暗示現象
  痛み・温感・味覚・聴覚・触覚などにおける変容
  特に身体知覚における暗示現象は生じやすい

・人格性の暗示現象
  年齢退行、健忘、自動書記、人格交替、後催眠暗示  など



ヒルガード Hilgard, E. R.による催眠現象の特徴

 ①企図機能の低下
 ②注意の再配分
 ③過去の記憶の視覚的利用が可能で,空想や創作の能力が亢進する
 ④現実吟味の低下および持続的な現実歪曲に対する耐性
 ⑤被暗示性の亢進
 ⑥役割行動
 ⑦催眠中の体験についての健忘

 つまり催眠とは、暗示によって人為的に引き起こされた特異な心身の変性意識状態(トランス)と被暗示性亢進の状態である。



成瀬悟策による催眠法における3条件
 ①催眠誘導の過程に生じる諸現象に関すること
 ②催眠状態(トランス)そのものに関すること
 ③催眠状態での機能や効果に関すること



催眠療法 hypnotherapy

催眠を用いた心理療法で、18世紀後半のメスメルの動物磁気療法によって始まった。
現代における催眠療法は三つに分類できる。

暗示性催眠療法
  催眠現象のなかの暗示の特徴に強調点がおかれた催眠療法。
  M.H.エリクソンの影響によって、求める状態を直接的に暗示する直接暗示ではなく、
  別の状態を媒介させることによって求める間接暗示が用いられることが多い。

リラックス催眠療法
  催眠の意識状態に重点を置いた利用方法。
  催眠状態では、現実的な事柄からの解放がある。
  この特徴である心理的安全地帯に誘導することによって、治療をしていこうとする方法。

イメージ催眠療法
  イメージの側面に重点を置いた催眠療法で、イメージ療法と呼ばれることも多い。
  イメージ空間の中での体験が重要視され、体験を深めることによって
  体験の変容を求める方法や、精神分析的考え方で進める方法、
  ユング心理学的考え方で進める方法、行動療法的考え方で進める方法など、
  さまざまな具体的方法がある。

総合的に催眠療法では、体験、メタファ・象徴や心的流れを重視しているという共通した考え方がある。


 自己催眠 self-hypnosis ; autohypnosis

一般に催眠と呼ばれるときは、催眠にかかる人に対して催眠をかける人を必要とする。
しかし、自分自身に催眠現象を生じさせることが可能である。
催眠者を他者に求めない自己催眠と、他者を必要とする他者催眠がある。
自己催眠の代表的な例として、シュルツによって体系化された自立訓練法(autogenic training)が挙げられる。

2013年2月19日火曜日

対象関係論 object relations theory



概略


精神分析理論の一つで、自我と対象の関係(内的対象関係)のあり方の特徴を重視して人間の精神現象を理解しようとする立場。
前エディプス期の段階での母子関係における自我の発達を対象関係として扱う理論である。
自我は本来、対象希求的なものであるとし、自我と対象との関わりを一義的なものとして考える。
乳児の内的対象関係は、自己と他者の区別のない自己愛的対象関係から、対象の一部を認識する部分的対象関係段階を経て、統合された全体的対象関係へと発展する。
そしてその段階に応じて対象との間にさまざまな不安を体験していく。
この理論をめぐって個人の現実適応を重視したA.フロイトらの自我心理学との論争が起こった。
対象関係論は原始的防衛機制に着目したM.クラインや、移行対象などの概念を提唱したD.W.ウィニコットらによって発展させられていった。




定義

前エディプス期の段階での母子関係における自我の発達を対象関係として扱う理論。
自我と対象の関係のあり方の特徴を重視して人間の精神現象を理解しようとする立場。



代表的人物

M.クライン Klein, Melanie

精神分析家で対象関係論の創始者。
S.フロイトの内在化の概念を発展させ、内的対象の概念を提唱し内的対象関係を重視した。
また、転移を内的世界の外在化としてとらえた。
妄想-分裂体制抑うつ態勢の概念や、分裂機制による良い内的対象と悪い内的対象の分裂を提唱した。
前エディプス期における子どもの精神発達に焦点を当て、原始的防衛機制の解明に貢献し、
今日の対象関係論の発展の基盤を作った。
児童分析をめぐってA.フロイトと激しい論争を展開した。


D.W.ウィニコット Winnicott, D.M.

内的で主観的な世界と外的で客観的な環境要因とのかかわりを重視し、相互の橋渡しを軸とした概念や理論を展開し、抱える環境の失敗から精神病理を捉えた。
分離不安に対する防衛として移行対象の概念を提出し、移行対象を幼児の錯覚が脱錯覚されていく過程における代理的な満足対象として捉えた。
また抱える環境の失敗による不安が、子どもの本来の自発性と創造性を犠牲にする迎合的な偽りの自己を発達させることを明らかにした。


M.バリント Balint, M.

言語に古典的精神分析では扱うことが難しい、治療関係において原初的な母子関係が現れるクライエントの特性として基底欠損をあげ、主に境界例患者における対象関係の重要性を指摘した。


W.R.D.フェアバーン

 ⇒ウィニコットやフェアバーンは、A.フロイトとM.クラインの論争のどちら側にも積極的に味方をしなかったため、英国独立学派と呼ばれる。



key words

内的対象関係
 外的な対象に加えて、個体の精神内界に形成される内的対象との間で発展する対象関係

妄想‐分裂態勢
 堅固なナルシズムが支配的で、部分対象関係による妄想的不安と分裂機制が作動する状態。
 内的対象は良い内的対象悪い内的対象に分裂している。

抑うつ態勢
 全体対象関係が成立して対象の価値を認める状態だが、そのために母親からの分裂に伴う不安が生じる。

2013年2月15日金曜日

防衛機制 defense mechanisms ; mechanisms of defense



概略


不快な感情の体験を弱めたり避けることによって、心理的な安定を保つために用いられるさまざまな心理的作用で、無意識的に発動する自我の働き。
この働きは、本能的欲求(イド)とそれを満たすことのできない現実(超自我)との間に葛藤が起きたとき、極端な自信喪失や不安などによる人格の崩壊を防ごうと無意識的に行われる。
誰にでも認められる正常な心理的作用で、通常は他のものと関連し合いながら作用する。
不安や不快を回避して状況に適応するための手段として我々の日常生活において意義をもつといえるが、特定のものが常習的に柔軟性を欠いて用いられると、病的な症状や性格特性などの不適応状態として表面化することになる。
S.フロイトは、受け入れがたい観念や感情を受け流すために無意識的にとる心理過程を防衛と呼び、また苦痛な感情を引き起こすような受け入れがたい観念や感情が無意識に抑圧されるとし、この抑圧を自我の防衛として捉えられた。
自我の防衛の概念は、A.フロイトによって防衛機制として体系化され、また、M.クラインは子供の治療の経験を通して原始的防衛機制を明らかにした。



定義

不快な感情体験を弱めたり避けることによって心理的安定を保つために無意識的に用いられるさまざまな心理的作用。


提唱者

 S.フロイト Sigmund Freud
  苦痛な感情を引き起こすような受け入れがたい観念や感情を受け流すために
  無意識的にとる心理過程を 防衛 という用語で1894年に初めて記載。

 A.フロイト Anna Freud
  防衛機制論を発展をさせた。
  防衛機制自体には健康的な側面もあり、自我の健康な働きを強調し、
  精神分析的自我心理学の基礎を作った。

 M.クライン Klein Melanie
  前エディプス期における子どもの精神発達に研究の焦点を当て、
  原始的防衛機制の解明に貢献し、今日の対象関係論の発展の基盤を作った。




防衛 defense
 S.フロイトに由来する精神分析理論の中心概念のひとつ。
強い葛藤を感じたり、身体的・社会的に脅威にさらされたり、自己の存在を否定されたりというように自我が脅かされたとき、直接的な欲求の充足を求める衝動に対抗するとともに、不安の発生を防ぎ、心の安定と調和を図るためにとられる自我による無意識の調整機能を防衛と言い、また、そのためにとられる手段を防衛機制という。




代表的な防衛機制


抑圧 repression

一番基本的で重要なメカニズムである。
自我の代表的な防衛機制で、受け入れがたい観念、感情、思考、空想、記憶を意識から締め出そうとする無意識的な心理的作用。
抑圧された内容は夢、言い間違いなどの失策行為、白昼夢、症状などのなかに現れるとされる。
意識的に行う抑制suppressionとは異なる。


反動形成 reaction formation

受け入れがたい衝動や観念が抑圧されて無意識的なものになり、意識や行動面ではその反対のものに置き換わること。
 例:憎しみの感情に代わって愛情だけが意識される
    拒否感を否定するために子どもに過保護になる  など


退行 regression

以前の未熟な段階の行動に逆戻りしたり、未分化な思考や表現の様式となること。
過去の発達段階に戻り、その段階で満足を得る。
不随意的で非可逆的な病的な退行と、遊びや睡眠などのより健康的で創造的な退行とが区別される。
精神療法の過程で治療力動との関わりにおいて起こる退行である治療的退行(therapeutic regression)が必須のものと考えられている。
 例:弟・妹の誕生後に夜尿や指しゃぶりが再発する など


置き換え displacement

ある表象に向けられていた関心や精神的エネルギー(カセクシス)が、自我にとってより受け入れやすい、関連する(連想上結びつく)別の表彰に向けられることをいう。
転換や昇華、感情転移といった機制のなかにも置き換えが含まれている。
S.フロイトによって神経症の症状形成の一つ、また夢の心的規制の一つとして取り上げられている。


投影 projection

受け入れがたい感情や衝動、観念を自分から排除して、他の人やものに位置づけること。
自分の欲求や感情を、相手のものと考える。
正常な心理過程でもみられるが、より病理の重い場合に現実吟味能力の低下を伴ってしばしば生じる。
投影法検査の理論的根拠ともなっている。
 例:自分が嫌っている人がいる場合に、相手が自分のことを嫌っているように感じる


隔離 isolation

欲求や感情と対象との関係、思考と感情のつながりなどを切り離すこと。
苦痛な体験を語るときに、感情が伴わない(感情を記憶から切り離す)など。


否認 denial

外的な現実を拒絶して、不快な体験を認めないようにする働き。
子どもが強いヒーローであるかのように空想したり振る舞うことで、自分が無力であることから目をそらすような場合に用いられる。
軽度なものは健康な人にもみられるが、重篤なものは精神病的な状態で生じる。
臨死患者などの場合にも、自分の病気の受容体験の一段階として生じる。


同一視(同一化) identification

自分にとって重要な人の属性を自分のなかに取り入れる過程一般をさして用いられる。
発達において重要であり、社会・文化への適応力や、アイデンティティ確立の基礎が築かれる。


取り入れ(摂取) introjection

他者の好ましい諸属性を自分のものにしようとする働き。
    (好ましい性質を取り入れて同一化する。)
同一視(同一化)が生じる前段階と考えられている。
健康な精神発達の上で重要な役割を果たす一方、自他の区別があいまいになる場合もある。


合理化 rationalization

葛藤や罪悪感を伴う言動を正当化するために社会的に承認されそうな理由づけをおこなう試み。
論理的な理由をつけて合理的に説明する。
実際には抑圧されている願望から生じる行動を説明するために、事実ではないが得心のいく、または自分の為になる理解が作り出される。
 例:「すっぱいブドウ」 (イソップ物語 キツネの言い訳)
    失敗を偶然的な原因に帰す場合
    言動の責任を外的な要因に求める場合  など


昇華 sublimation

性的欲求や攻撃欲求など社会的に許容されない本能的・反社会的な欲求を、文化的社会的価値のあるな行動に変容し充足させること。
置き換えを基本とする機制である。
他の機制とは異なり、欲求は抑圧されることなく、現実に取り組むエネルギーとなる。
  例:性的欲動や攻撃性などのエネルギーがスポーツや文化・芸術活動などに向けられること


知性化 intellectualization

本能・衝動をコントロールするために、情緒的な問題を抽象的に論じたり、過度に知的な活動によって覆い隠すようなことで、青年期に顕著にみられる。
観念や思考から感情を分離する防衛機制である隔離(isolation)とともに作用する。
 例:性欲や攻撃性(本能的欲求)の高まりをかわすために哲学や宗教に没頭する。


投影性同一視 (*原始的防衛機制

過剰な投影で、自己の部分を対象の中に押しやり、対象を支配する。
自分の中にあるネガティブな側面を相手の中に見出し、そこを刺激して相手がそのネガティブな側面を表に現すように無意識に働きかけること。


分裂 splitting 原始的防衛機制

欠点も長所も含めて1つの人格だということを認識できなくなること。
良いか悪いかという二項対立的に物事を判断してしまう。
この原始的防衛機制を用いると自己像も不安定になりがちになる。
 例:怒られているときの母親と大切にしてくれる時の母親を統合せず、悪い母親と良い母親とし 
     別々の存在として扱う

*自我の分離‐個体化が達成される以前にみられる防衛機制



防衛機制自体は誰にでも認められる正常な心理的作用で、通常は単独ではなく他のものとともに関連し合いながら作用する。
しかし、特定のものが常習的に柔軟性を欠いて用いられると、病的な症状や性格特性、人格構造となってさまざまな不適応状態として表面化することになる。
発達の段階や病理の重さに対応して、成熟した防衛、神経症的防衛、心像歪曲的防衛、未熟な防衛、精神病的防衛に分類されることがある。

病理の理解には、用いられる防衛機制の種類だけでなく、そのもとにある衝動や葛藤(コンフリクト)の強さ、自我機能の統合度、対象関係の質といった諸側面から吟味する必要がある。