概略
フランスの心理学者ビネーが僚友の医師シモンの協力を得て1905年に作成した、世界で最初の知能検査(Binet-Simon intelligence scale)、およびその基本的な考えと方式を踏襲して作成された知能検査を総称して、ビネー式知能検査という。
ビネーの研究上の関心は、思考過程の個人差にあり、当時の心理学で重視されていた要素主義的な能力測定ではなく、問題解決場面における一般的な判断力や認識能力を重視した測定法としてビネー式知能検査を開発した。
この検査は、検査項目を子供の発達段階に合わせて困難さの順序に配列しておき、テストを受けた子供がどこまで解答できるかを調べ、健康児を尺度として、精神年齢(MA, Mental Age)や知能指数(IQ
,Intelligence Quotient)を測定できるとするものである。そのため、成人の知能測定や知能の診断的把握には向かないことが指摘されている。ビネーの死後、1908年と没年の1911年に改訂された。ビネーの知能検査をそれぞれの文化や社会に適合するように改訂した各国の知能検査は、たとえば、アメリカのターマンによる「スタンフォード・ビネー知能検査」やバートの「イギリス版ビネー=シモン知能検査」や日本の「鈴木・ビネー知能検査」にしても、その内容や範囲は、ほとんどビネーの知能検査と変わっていない。
定義
ビネーとその僚友の医師シモンとが1905年に作成した世界最初の個別知能検査法
提唱者
ビネー,A.(Alfred Binet)
僚友の医師シモン(Simon,T.)の協力を得て作成
検査目的
精神遅滞児童を選別して発達段階に合わせた特殊教育を行う
論文
「精神発達遅滞児を診断する新しい方法」(1905) 4月にローマで開かれた「第五回国際心理学会」でアンリ・ボーニスが、ビネーとシモンが準備した論文を代読。
「障害児の知能水準を診断するための新しい方法」(1905) 6月に『心理学年報』に発表された。
開発までの歴史
19世紀にも、フランシス・ゴルトンらによる知能遺伝論や、キャッテルらによる知能を測定しようとする試みはあったが、広く受け入れられる検査法は確立していなかった。しかし、全員入学の学校制度が普及するにつれ、先天的に学力などで同年齢児に追いつけない児童の存在が問題となった。このため、1904年にフランスのパリで、「異常児教育の利点を確実にするための方法を考える委員会」が発足された。この委員であったソルボンヌ大学の心理学者アルフレッド・ビネーは、弟子の医師テオドール・シモンと協力して、1905年に世界初の近代的知能検査を作成した。
知能検査の歴史
・ビネー式知能検査 … 世界で最初の近代的知能検査
学制の改革の中で通常の授業についていけない子を就学の際に判断するための道具として作成された。
ビネー式知能検査の開発からほどなく、知能の指標として「精神年齢」、「知能指数」という概念が考案される。この方法を取り入れたのが、1916年にターマン(Terman,L.)がまとめたスタンフォード・ビネー式知能検査である。
ビネー式知能検査を始めとする従来の知能検査は、知能を一次元として捉えていた。
1930年代になって、知能は様々な能力の総体であるという多角的な捉え方が提唱された。
これを受けて1939年、ウェクスラー(Wechsler,D.)はウェクスラー・ベルヴュー式知能検査(いわゆるウェクスラー式知能検査)を開発した。
日本で最初に出版されたのは、1930年に鈴木治太郎によって標準化されたいわゆる鈴木・ビネー式知能検査。以降、田中寛一による田中・ビネー式知能検査や、ウェクスラー式の邦訳である日本語版WAIS、WISC、WPPSIなどが相次いで刊行された。
知能指数(Intelligence
Quotient : IQ)
「知能指数」という概念は、ドイツのシュテルンが1911年に提唱した、知能検査の結果を表わす指標である。IQには比率IQと偏差IQの2種類ある。
・比率IQ
ビネー式などで採用されている。
検査課題が年齢ごとに並べられる。
最初に検査成績から精神年齢(Mental Age : MA)を算出する。
MAはその成績が何歳何カ月程度の水準に該当するかの指標である。
これを生活水準(Chronological Age : CA)で割って100をかけたものが比率IQである。
∴ 比率IQ = MA/CA×100
*当該年齢の平均的な成績はIQ=100となる・偏差IQ
ウェクスラー式などで採用されている。
同じくらいの年齢の大勢の人に検査を実施した際の得点分布を想定し、その分布のなかでどのあたりにいるかを示す指標である。
偏差IQは、平均=100、標準偏差=15になるように作成されている。
理論上は85~115の間に約67%、70~130の間に約95%の人が収まることになる。
また、「スタンフォード・ビネー式知能検査」の開発者であるL.M.ターマンは、多数の知能検査の実施事例からIQは加齢によって殆ど変化しないという『IQの恒常性』を主張した。しかし、現在では、同一人物に対する継続的な知能検査の実施検証によって『IQの恒常性』は反証されており、IQは生涯を通して変化しないという性質を持たないことが分かっている。一般的に、IQの上昇は思春期辺りで頭打ちとなり、18歳以降は知能の直線的な量的増加よりも質的変化や応用能力が重視されるようになる。
現在では、精神遅滞の判定の道具という歴史を持つIQの指標はあまり用いられなくなってきており、個別的な知的能力を発達年齢(精神年齢)という形で数量化することに対して倫理的な問題を指摘する意見もある。IQに代わる知的能力の相対指標としては、①ISS(知能偏差値)や②D・IQ(偏差知能指数)が使われることが多くなっている。
①ISS(Intelligence Standard Score, 知能偏差値)
集団に適用した知能検査の得点が正規分布曲線を描く事から、統計学の偏差値を知能測定に応用した指標。平均値が50となるISSを用いると、被験者が同年齢母集団の中でどの程度の位置づけなのかを相対的な数値で理解することが出来る。
ISSは、『ISS=10×(個人得点-同年齢母集団の平均得点)/標準偏差+50』の公式で計算することができ、難易度や複雑性の異なる複数のテストで偏差値を比較できるので便利である。
②D・IQ(Deviation IQ, 偏差知能指数)
ウェクスラー式知能検査で、IQの検査尺度として表示される。
『D・IQ=15×(個人得点-同年齢母集団の平均得点)/標準偏差+100』の公式で計算することができ、平均得点を100とするIQに近似した数値で知能を理解することが出来る。
また、ビネーとシモンは、「テストは簡単で、便利で、正確で、変化があって、被験者と実験者とを絶えず接触させ、主として判断力に関係するものでなければならない」という基準を立てた。
ビネーは知能の概念として、1909年に著した『現代の児童観』の中で、「知能には理解と発明と指向性と判断力の4つが含まれている」と述べた。
ビネー・シモン知能検査の反響と評価
1908年の改訂版に対し、ゴダード(Goddard,H.H.)が翻訳しアメリカに導入したものや、バート(Burt,S.C)が翻訳し、イギリスに紹介されたものなどは、それぞれ歓迎を受けたが、本国のフランスでは、概して無視されたばかりでなく、ときには笑いものにされたり、あざけられたりした。しかし、ビネーの知能検査は、言語的な側面を重視しすぎているとして、非言語的なものを加えた「ウェクスラー・ベルヴューの尺度」や、集団を対象にしたアメリカの「軍隊検査」や、主として成人を対象とした「AGCT(軍隊一般分類検査)」などの知能検査が開発されている。
ビネー式知能検査の種類
・知能測定尺度(ビネー・シモン知能検査) (1905)
Binet-Simon Intelligence Scale
最初(1905)に出版された時点では、30個の問題を易しい問題から難しい問題に順番に並べた簡単なもので、まだ知能指数や知能年齢は使われず、発達が遅れているか否かのみを知るものだった(知的水準という用語は使われていた)。
1908年の改訂版では、児童の知能水準を相対的に把握するための精神年齢(Mental Age:MA)の概念を知能検査に取り入れた。
1911年の改訂版は、検査は54問から成り立ち、3~15歳までの精神年齢を判定する年齢尺度を備えるようになった。同年、ビネーは死去する。
日本においては、ビネーの初版発表から程なくして紹介された。1908年に三宅鉱一(のちに松沢病院長になる)が、池田隆徳と連名の「知力測定」という論文の中で1905年版ビネー法を紹介し、また実際に児童に対して自作の検査を実施した
・スタンフォード・ビネー式知能検査 (1916)
Stanford-Binet
Intelligence Scale
スタンフォード大学のルイス・マディソン・ターマン(L.M.Terman)は、ビネー・シモン式知能検査の1911年版を改訂してアメリカ人用に標準化*し、1916年にIQ(Intelligence Quotient, 知能指数)で検査結果を表示する『スタンフォード・ビネー式知能検査』の作成に成功した。
これの大きな特徴は、1911年にシュテルンが提案した知能指数を結果表示に使用していることである。
標準化* …新たに知能検査を作ったり、海外の翻訳版を作ったりする際、その社会の実情に合わせる作業
・鈴木・ビネー式知能検査 (1930)
Suzuki-Binet Intelligent Scale
鈴木治太郎が16,000名を対象にテストを実施した結果に基づいて標準化した、綿密に構成された検査。
外国にも類を見ない研究活動を行なって、数回の改訂を行ない続けた。
改訂に際して、より高い精神年齢に対応できるよう上位の問題を付け加えた。したがって18歳級以下の問題は、大正の末からほとんど変わっていないといえるため、問題の内容がかなり時代性を感じさせるものがあり、現代ではマニュアルと正答が異なるのではないかと見られるものも存在する。しかし現在では、言語性の課題を含めた一般的な知的能力を測る検査としては、成人で精神年齢を測定し、古典的な定義による知能指数を算出できる唯一の尺度となっている。
本テストは極めて使いやすいものであるが使用カードに人権上不適切なものがあるという指摘があり、それもあって現在では使用頻度が低いものとなってはいるが、指摘のあったカードの改訂と標準化により十分使用に耐えるだけの吟味された完成度の高い検査と言うことができる。
・田中・ビネー知能検査 (1947)
Tanaka-Binet
Intelligence Scale
田中寛一は、1936年に知能偏差値を使用して表示しているのが特徴で、非言語式で集団式のB式検査を発表したが、個別式検査の方は既存のものでは不十分だと考えた。そこで、1937年版スタンフォード・ビネー法を基にして、4歳級以下と11歳級以上の部分を強化し、1947年に「田中・ビネー式知能検査」を発表した。標準化時の被験者は4886人である。完成したのは1943年であったが、「大御宝(おおみたから:子供の意)を測定するのはおかしい」などの非難があった様であり、発表は戦後にずれ込んだ。
2003年に田中教育研究所によって「田中ビネー知能検査V(Tanaka-Binet Intelligence Scale (V))」が発表された。
これが田中ビネーの最新版である。ビネー系の知能検査は知能年齢・従来のIQを使用することが特徴であったが、世界的な流れに合わせ、生活年齢14歳以上にDIQを取り入れることにした。ただし13歳以下でDIQを算出することも、14歳以上でも場合により(知的障害など)知能年齢を算出することも可能である。この14歳以上のDIQの採用と、14歳以上の知能を「結晶性」・「流動性」・「記憶」・「論理推理」の4領域別に算出できること、1歳以下対象の発達チェックの採用などが特徴である。
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